東京しなやか手帖

清く明るく多趣味な20代女子のブログ。

努力しなくてもいい人もいると思う。


世の中には「もっと努力するべき人」と「もう努力をしなくてもいい人」がいると思っている。


境界線は曖昧で、それは一人一人ちがうと思う。「もっと努力すべき人」が努力をした場合、成功する場合がある。成功したらこう言う場合もある「俺は努力でここまできた、おまえらも努力しろ」と。


そして、「もう努力をしなくてもいい人」がその言葉に反応してしまう。
「まだ、わたしの努力が足りないんだ、もっと頑張らなくちゃ」と思う。そして死ぬ思いまで追い込まれる場合がある。


で、ここ数年間は周りの人の家庭環境や行動などをじっくり観察し、また、いままで生きてきて大変だったことなどを聞いてきた。


普通に何の不安もなく、お金にも困らずに、生きてきた人もいれば
幼少時から家庭環境に悩み、親との問題を抱え、お金に苦しみ、どうにかもがいて生きてきた人もいる。


後者の場合は「頑張りすぎて疲れちゃっている人」が多い。「もう、頑張らなくていいんじゃない?逆に緩めたほうがうまくいくよ」って場合も多い。


もちろん、局所局所で頑張らないといけないことがでてくるだろう。でもそういう人は何もいわなくても「頑張りすぎる」ので、「頑張らない」ぐらいがちょうどいいと思っている。



一方、甘やかされてのんびり育ってきた人もいる。このタイプで怖いのは、足をひっぱる人がいることだ。あまり死ぬほどの努力や、辛い経験もしていないで育ってきた。

自分の仕事を他人の押し付けるのがうまかったり、上司に取り入るのがうまかったり、そういうことばっかり上手い人もいる。



そういう人は「もっと努力すべき人」だと思うのだが、自己価値が高いので「これでわたしはだいじょうぶ」と思っているので、大抵はそのままだし、きついことも嫌だし、やりたくないので、そういうのは避けて生きている。


別にそれはそれで、その人の人生なので、そこは批判しない。
しかし、私は「もう努力しなくてもいいんじゃない?」って人には、言いたいことがある。


わたしも努力して、努力して、「頑張ればどうにかなるだろう」って思って生きてきた。けど、どうにもならずに、身体も壊すし、自分の考えもよくわからなくなるし、人生が悪い方向にいった。


幼少時からの家庭環境や金銭的なものが理由に、なかなか身動きをとれない小中高大学生もいるだろうし、社会人になってからもそれに縛られる人がいると思う。


自分で気づくしかないのだが、「あなたは頑張らない方がうまくいくよ。緩め方を学んだほうがいいよ」と言いたい。


しかし、こういう記事を書いてもほんとうに「頑張っている人」は自分に厳しいので「え?緩めるって?そんなことできないよーこわいよー」ってことで、緩めなくていい人が緩んでしまう恐れがある。



あなただよーあなたに言ってるんだよ~
いや、ちがう、おまえじゃない、その隣のあなただよ~~



ってかんじで、ピンポイントで伝えられたらいいんだけどな。
わたしは緩め始めて人生が楽になった。できればあなたにももっと緩めて欲しい。


終わり。

努力ゼロの幸福論

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